シベリア銀河ステーション 124回目 2006年7月31日月曜日

    シベリア銀河ステーション 124回目 2006年7月31日月曜日


    A.お題

    1.




    情報元:
    https://web.archive.org/web/20060811054218/http://www003.upp.so-net.ne.jp/PECHIKA04-10-29/
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    シベリア銀河ステーション 123回目 2006年7月29日土曜日

    シベリア銀河ステーション 123回目 2006年7月29日土曜日


    A.お題

    1.




    情報元:
    https://web.archive.org/web/20060811054218/http://www003.upp.so-net.ne.jp/PECHIKA04-10-29/

    お答えします 200X年XX月XX日木曜日 (クルイロフとその寓話)

    お答えします 200X年XX月XX日木曜日

    A.お題
    クルイロフとその寓話
    https://soundcloud.com/sputnik-jp/wpy4raben7vm

    翻訳アナウンス:平谷・山上
    メロディ=1-1

    再放送日時
    2014年5月14日21時台/22時台
    2014年8月7日21時台

    C.本文

    3631
    前置

    3746
    ロシアのすべての学校の生徒たちがその寓話を知っているイヴァン・クルイロフは運命に甘やかせられたことはなく、正直な芸術家が一片のパンを得るのがいかに困難なことかを充分すぎるくらい味わった人物です。
    クルイロフは自分の才能を発揮できるジャンルを探して何度も何度も始めから始めてそしてやっと寓話というジャンルに巡り合えました。
    寓話というジャンルの中にこの作家のすべての才能の面が合わさったのです。
    では彼の寓話の中にお話しする前に寓話作家クルイロフの伝記からお話ししましょう。

    3843
    イヴァン・クルイロフは13年間の兵役の後、士官に昇進した貧しい陸軍大尉の子として1769年にモスクワに生まれました。
    彼が7歳の時、父は退役し家族はトベリに移り住みます。
    そこで幼いイヴァンはリヴォフ父の善意から子供たちと一緒にそこの家庭の教師に勉強を習いました。
    リヴォフ父自身、文学活動に無縁の人ではなく、父の家にはよく知人や作家・画家たちが滞在し、子供たちの前で際限なく芸術論議を繰り広げました。
    こうした会話が成長期のクルイロフを心底魅惑したのです。
    その後クルイロフ少年は本来の意味で教育を受けなかったのですが、並外れた才能を持ち、ほんの小さなころから多くの本を読み、粘り強く不屈の独学を続け、当時のもっとも教養のある人物の1人となります。
    後にクルイロフの該博な知識にあのプーシキンさえ驚いたと伝えられています。

    4004
    間もなく幼いイヴァン・クルイロフは父を失い、家族は生活手段を失います。
    そしてイヴァンは10歳でトベイリ裁判所で筆耕として、つまり書類の書き写し人として働かざるを得なくなります。
    イヴァンの母は夫の死後、年金を手に入れることができず、この問題で奔走するために1782年に首都ペテルブルグに行く決心をします。
    しかしここでも何も得ることがなかったのですが、少年クルイロフはここで税務監督局に書記の仕事を得、さらにペテルブルグは彼の前に文学の取り組む可能性を開きます。
    1788年に母を失ったクルイロフは勤めを辞めて文学に専念することになります。
    しかしこのときまでにクルイロフはすでに自分の力を試していました。
    15歳の時に書いたオペラ「コーヒー占いの女」を皮切りに、その後も悲劇「クレオパトラ」や「フィロメラ」を書いていましたが、これらの作品は文学的に見るべきものがありませんでした。

    4120
    引き続きクルイロフは喜劇「凶暴な家族」や「いたずら者たち」、その他の作品を書きます。
    こうした作品の中でクルイロフは貴族社会の欠陥を意地悪く嘲笑したため、これらの戯曲は当然のごとく助演されることはありませんでした。
    しかしこの若い劇作家の名前は演劇界や文壇で次第に知られるようになります。
    1789年から93年にかけてクルイロフは他の文学者とともに風刺的な雑誌「精霊通信」、「観察者」、「ペテルブルグのマーキュリー」を発行します。
    こうした雑誌はロシアの風刺的な雑誌の伝統を継承する戦闘的民主的な雑誌で専制政治を痛烈に批判しました。
    クルイロフはそのうちの1つの雑誌「観察者」で中編小説「カイブ」を発表します。
    小説の中では全体主義体制の横暴と偽りの自由主義が寓意的に表現されていましたが、読む者はそこに同時代のロシアが描かれていることを容易に見て取れることができました。
    しかしこの小説の発表のために同じ年の1792年の夏に彼らの印刷所は警察の手入れを受け、クルイロフは警察の監視下に置かれ、雑誌の発行は出来なくなってしまいます。

    4304
    ジャーナリズム活動から離れはしたものの、クルイロフは創作活動を辞めはしませんでした。
    もっとも彼の作品が出版されるのはかなり稀になります。
    そして1801年喜劇「ピローグ」が完成し、これがペテルブルグとモスクワの劇場で上演され、その後1807年には「流行品を売る店」、「娘たちを売る教訓」、「勇士イリア」という3つの戯曲が一度に発表されます。
    このうち最初の2つの戯曲は特に大成功をおさめますが、その戯曲の中ではフランス語、フランスの流行語、フランスの風俗を好むロシアの貴族が嘲笑され、つまり事実上フランスかぶれと愚かさが同一視されています。
    これらの戯曲は何度も上演され、「流行品を売る店」は宮廷で上演されたほどですが、クルイロフは長い間待ち望んでいたこうした戯曲の成功にもかかわらず、まさに成功が入ったその時に別の道を歩み始めるのです。
    劇場のために書くのをやめ、歳とともに段々と寓話の創作に専念するようになっていきます。
    ところでクルイロフの劇作品は批評家たちにはあまり高く評価されていませんでした。
    一方1805年にフランスの有名劇作家ラフォンテーンの寓話を翻案した「樫の木と足」、「婿選びの仲間しい娘」などを書いてクルイロフはこの文学ジャンルを自分のモノにしていました。
    まさにこのジャンルが彼に巨大な成功と国民的作家の栄誉をもたらしたのです。

    4457
    ではクルイロフはその寓話をどこで書いていたのでしょうか?
    実は悠々自適の生活の中で書いたのではなく、ペテルブルグ公衆図書館の私書として1812年から1841年まで約30年間勤めながらその仕事の合間に書いたのです。
    ここでクルイロフは本の選択と稼得の驚くべきセンスを発揮し、彼が勤務していた期間に図書館の本の数は大幅に増えます。
    またクルイロフはスラブ・ロシア語辞書の編纂にも携わります。
    晩年にはクルイロフはあらゆる尊敬を受け、当時の最良の人々が彼と親交を持ち、彼らはクルイロフについての多くの姉具同と、つまり1つ小話を作り、クルイロフ自身がそれを楽しく聞き笑ったものでした。
    イヴァン・クルイロフは1844年の11月9日、ペテルブルグで75年の生涯を閉じます。
    その11年後、クルイロフの文学上の功績をたたえるものとして、サンクトペテルブルグの夏の庭園に彼の銅像が建てられています。
    彫刻家ピョートル・スロット作による銅像は台座の上に座るクルイロフを彼の寓話の主人公が取り囲んでいます。
    なおこの銅像はロシア全土で集められたお金で建てられたものです。

    4657
    というわけで今度は寓話に話を戻しましょう。
    まさにこの寓話はクルイロフの天才がいかんなく発揮されたジャンルとなりました。
    この寓話の中でクルイロフは人間の弱さや当時の官僚主義的ロシアの欠陥を暴いたというだけでなく、生き生きしたみずみずしく鮮やかな言葉使いの無類の達人の本領を発揮しています。
    寓話には話し言葉がふんだんに盛り込まれています。
    全ての登場人物がその立場、心理、性格にふさわしい言葉で話し始めます。
    ゴーゴリはクルイロフの寓話集を民衆自身の知恵の本と読んでいます。
    そのクルイロフの寓話の遺産は200を超えた寓話を収めた図書館の本として今日まで人々に読み継がれています。

    4754
    すでにお話ししましたように、クルイロフの寓話はロシアのすべての学童が知っていますし、彼の肖像はその他のロシアの有名な作家や詩人たちと並んで学校の文学教室にも飾られています。
    クルイロフの寓話にはよくありとあらゆる動物たちが出てきて、様々なばかげた状況に遭遇します。
    動物たちの滑稽な行動で人々のふるまい方が察せられるのです。
    クルイロフは容赦なく、しかしとてもおかしく親しみやすい形で人間の意地悪さ、貪欲、愚かさ、嫉妬、追従、二枚舌などの欠点をあざ笑っているのです。
    ではここで論より証拠というわけでクルイロフのもっとも有名な寓話「カラスとキツネ」を岩波文庫の内海修平訳:クルイロフ寓話集から読んでみることにしましょう。

    4900
    カラスとキツネ、お世辞が卑劣で有害なのであることはすでに世に言い古されてきた。
    ところがその教訓もむなしく、おべっか使いは相変わらず人の心をつけている。
    カラスがどこかで一切れのチーズを手に入れた。
    カラスはもみの木に留って朝食にしようとすっかりその気になっていたが、ためらってチーズはくわえたままでいた。
    運悪くすぐ近くをキツネが走っていた。
    チーズのニオイが急にキツネを立ち止まらせた。
    キツネはチーズを見てすっかりその虜になってしまった。
    ずるがしこいキツネは忍び足でもみの木に近づき、尻尾を振り、カラスから目を離さずに甘ったるく媚びるように話しかける。
    「カラスさん、なんて素敵なんだろう、なんという首、なんという目、まるでおとぎ話のようだ。
    なんという羽根、なんというくちばし、だから声だって素敵に違いない。
    恥ずかしがらずに歌ってごらん。
    カラスさん、そんなに器量よしで歌もうまけりゃ、あんたは本当に歌の王様になれるよ。」
    褒められて預言者はのぼせ上り、うれしさのあまり息をつまらせ、愛想のいいキツネの言葉にこたえて、声を振り絞ってカアと鳴いた。
    チーズは落ちた。
    ペテン師はそれをくわえてあっという間に姿をくらました。

    5048
    クルイロフの寓話から「カラスとキツネ」ご紹介しました。
    なおクルイロフの寓話に興味を持たれた方は今ご紹介しました岩波文庫の他にも社会思想社の現代教養文庫の中で「ロシアの寓話」という書名で出ています。

    5109
    次にクルイロフの寓話から広く用いられるようになった格言についていいますと(質問者)がおっしゃっていますように、そうした表現がある状況のあらゆるいたのものの言い方のため、ロシア人の日常生活の中で頻繁に用いられますし、それを聞いた人もすぐにそれとわかるという具合です。
    例えば寓話「オオカミと子羊」からは強者の前ではいつも弱者が悪者にされるというフレーズが、また「キツネとブドウ」からは目には見えても口には入れられないというフレーズが慣用句になっています。

    5149
    しかしクルイロフの寓話からの格言を1つずつ挙げて見ても寓話の内容を知らないと、それが何を意味しているのか理解しづらいことでしょう。
    そこでこれからリスナーの皆さんをロシアの小学校の授業にご案内しましょう。
    3年生のクラスではロシア文学の授業が行われようとしています。

    5217
    先生:
    みんな、今日はイヴァン・アンドレイヴィッチ・クルイロフが書いた寓話を勉強しましょう。
    クルイロフおじいさんは人々が平和に仲良く幸せに暮らすことを邪魔する人々の欠点と戦ったんだって言われています。
    クルイロフおじいさんの武器は寓話という小さな作品です。
    それは正しく生きることを教えてくれるものです。
    ではこれからクルイロフおじいさんの寓話を1つ読みます。
    後でみんなそれについて話し合いましょう。

    「白鳥とカワカマスと海老」というお話です。
    白鳥とカワカマスと海老、仲間同士の間に意見の一致がなければ彼らの仕事はうまくいかないだろう。
    そこから生じるのは仕事ではなく苦痛だけである。
    あるとき白鳥とカワカマスと海老が荷物を積んだ荷車の運搬を引き受け、3匹が一緒に荷車につけられた。
    死にもの狂いで引っ張っても荷車はびくともしない。
    積荷は彼らには軽いはずなのに。
    白鳥は雲に向かって飛び立とうとし、海老はあとずさりし、カワカマスは水に引きずり込もうとする。
    彼らのうち誰が間違っていて、誰が正しいのかは我々には判断はつかない。
    しかし荷車だけはまだそこに停まっている。

    じゃ今度は質問だ。
    この寓話に登場する動物たちの共通点は何だろう?

    5356
    生徒:
    う~ん、みんな水に住んでるよ。

    先生:
    じゃ、みんなを笑わせたのは何だろう?

    生徒:
    みんな馬鹿なんだよ。
    自分勝手な方向に引っ張るんだもん。

    先生:
    みんなの笑はどうだったかな?

    生徒:
    愉快な笑い、意地悪じゃないの。

    先生:
    じゃ、みんなはこの寓話の大事な点は何だと思うかな?

    生徒:
    おかしいこと、それからかわいそう。
    やろうとしたことがうまくいかなかったから。

    先生:
    じゃ、この動物たちが荷車を運ぶことができたか、そのヒントになる言葉が寓話のなかにあったかな?

    生徒:
    仲間同士という言葉だよ。

    先生:
    じゃ、この寓話の動物たちがしたことを聞いてどんな意見をもったかな?

    生徒:
    みんな物分りが悪くてかわいそう。
    みんな友達なら力を合わせなきゃいけないよ。

    先生:
    じゃこの寓話は何のために書かれたと思うかな?

    生徒:
    う~ん、お互いに話し合って、お互いに譲り合わないと仲良くなれないし、1つの仕事をうまくやれない、そういうことをみんなに解らせるためだと思います。

    先生:
    そう、「仲間同士の間に意見の一致がなければ彼らの仕事はうまくいかないだろう」って書いてあるようにそういうことなんだね。
    この言葉は格言になっています。
    じゃ、どんな時にこう言うんだろうね?

    生徒:
    一緒に仕事しないといけないのにお互いにケンカしちゃうとき。
    そういう時には何にもいいことはないよ。

    先生:
    そのとおりだね。
    じゃ、ここでみんなもよく知っているカチューシャやともしびなんかの歌の歌詞を書いた詩人のミハイル・イサコーフスキーのこれについての詩を読んでみるね。

    彼の生きた言葉を耳にしないものがあろうか?
    生涯にその言葉に出会わなかったことがあろうか?
    クルイロフの不滅の作品を我々は歳とともにますます強く愛するようになる。
    学校の机でやっと初等読本を理解したあのころから慣れ親しんだクルイロフ進言は一生涯記憶を離れることはない。

    先生:
    じゃ、宿題を出します。
    クルイロフのなんでもいいですから気に入った寓話を1つ暗記してくること。
    次の授業でもこのテーマを続けます。

    5628
    ではざっとこんな感じでロシアの小学校ではクルイロフの寓話が学ばれているということです。
    クルイロフの寓話について以上時間の許す限りお伝えしてきましたが、満足されたでしょうか?
    寓話からの慣用句について多く言及することができませんでしたが、上に上げた岩波文庫のクルイロフ寓話集にはちゃんとそうした指摘が乗っていますのでどうぞそちらのほうをご参照ください。

    5716
    最後に余談ですが、イヴァン・クルイロフの名はボルガ河下りの遊覧船の名前にもなっています。
    モスクワ川からボルガ河への南に下ってカスピ海まであるいは逆に北の運河のほうに沿ってサンクトペテルブルグやバルト海までイヴァン・クルイロフ号は観光客たちの水先案内をしています。

    5740

    MMMモスクワミュージックマガジン 2006年7月24日月曜日

    MMMモスクワミュージックマガジン 2006年7月24日月曜日


    A.トーク

    1.




    情報元:
    https://web.archive.org/web/20060811054218/http://www003.upp.so-net.ne.jp/PECHIKA04-10-29/

    MMMモスクワミュージックマガジン 2006年7月24日月曜日

    MMMモスクワミュージックマガジン 2006年7月24日月曜日

    A.トーク





    情報元:

    http://www003.upp.so-net.ne.jp/PECHIKA04-10-29/G8kuizu.html

    お便りスパシーバ 2006年7月22日土曜日

    お便りスパシーバ 2006年7月22日土曜日

    担当:


    A.トーク
    中波復活予定




    情報元:

    http://www003.upp.so-net.ne.jp/PECHIKA04-10-29/sin3.html

    シベリア極東ジャーナル 2006年7月22日土曜日

    シベリア極東ジャーナル 2006年7月22日土曜日

    A.お題

    1.サーヴィス市場で40年


    2.アンサンブル「ヴドフノヴェーニエ(インスピレーション)」をご紹介する音楽の栞



    B.選曲

    1曲目
    -
    ロシヤ民謡「天井のひくい小部屋で」


    2曲目
    -
    ゲオールギイ・スヴィリードフ - プーシキンの中編小説への音楽の挿絵「吹雪」よりロマンス

    3曲目
    -
    宗教音楽「主よ、救いたまえ」



    情報元:
    http://www.eonet.ne.jp/~speedbird/sibekyoku0722.htm

    2006年7月22日土曜日番組表

    2006年7月22日土曜日番組表

    21時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    シベリア極東ジャーナル
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-2503.html

    22時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    お便りスパシーバ
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-2591.html

    MMMモスクワミュージックマガジン 2006年7月21日金曜日

    MMMモスクワミュージックマガジン 2006年7月21日金曜日

    A.トーク





    情報元:

    http://www003.upp.so-net.ne.jp/PECHIKA04-10-29/G8kuizu.html

    各地の話題 2006年7月21日金曜日

    各地の話題 2006年7月21日金曜日


    A.お題

    1.




    情報元:
    https://web.archive.org/web/20060811054218/http://www003.upp.so-net.ne.jp/PECHIKA04-10-29/

    お答えします 200X年XX月XX日木曜日

    お答えします 200X年XX月XX日木曜日

    A.お題
    ゲオルギー・ジューコフ元帥
    https://soundcloud.com/sputnik-jp/zhukov

    翻訳アナウンス:平谷・真野
    メロディ=

    C.本文



    ビジネス情報 2006年7月18日火曜日

    ビジネス情報 2006年7月18日火曜日


    A.お題

    1.ロシアの地域




    情報元:
    https://web.archive.org/web/20060811054218/http://www003.upp.so-net.ne.jp/PECHIKA04-10-29/

    お便りスパシーバ 2006年7月15日土曜日

    お便りスパシーバ 2006年7月15日土曜日

    担当:


    A.トーク
    中波復活予定




    情報元:

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