シベリア銀河ステーション 176回目 2008年10月27日月曜日

    シベリア銀河ステーション 176回目 2008年10月27日月曜日

    A.お題

    1.










    情報元:
    https://web.archive.org/web/20090213070909/http://www.geocities.jp/matsu6446/
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    シベリア銀河ステーション 175回目 2008年10月25日土曜日

    シベリア銀河ステーション 175回目 2008年10月25日土曜日

    A.お題

    1.










    情報元:
    https://web.archive.org/web/20090213070909/http://www.geocities.jp/matsu6446/

    MMMモスクワミュージックマガジン 2008年10月24日金曜日

    MMMモスクワミュージックマガジン 2008年10月24日金曜日

    A.トーク
    http://www003.upp.so-net.ne.jp/PECHIKA04-10-29/MMM.html


    B.選曲

    1曲目
    -
    -

    2曲目
    -
    -

    3曲目
    -
    -

    4曲目
    -
    -

    5曲目
    -
    -

    お答えします 2008年10月23日木曜日 (仏教について)

    お答えします 2008年10月23日木曜日

    A.お題
    ロシアの仏教について буддизм в России
    http://japanese.ruvr.ru/2008/11/12/418587/
    https://soundcloud.com/sputnik-jp/buddhism

    翻訳アナウンス:真野
    メロディ=1-1

    再放送日時
    2014年3月20日21時台
    2014年7月31日21時台


    C.本文

    ロシアには仏教を信仰する民族がいくつかあります。
    ブリヤート人、トゥバ人、カルムィキヤ人、エベンキ人の一部もそうです。
    そして仏教信仰が行われている地域はといいますと、ブリヤート共和国、トゥバ共和国、カルムィキヤ共和国、チタ州、イルクーツク州となります。
    すでに1741年の時点でエリザベータ女帝のお触れにより、仏教はロシアの宗教の一つとして認められています。
    そして今日でもロシア政府は「ロシアの伝統的な4つの宗教」のひとつとして、ロシア正教、イスラム教、ユダヤ教にならんで、仏教の信仰を認めています。
    それでは、ロシアの仏教の歴史をおって、かんたんな社会見学旅行をご一緒にいたしましょう。 

    仏教が現在のロシア連邦の領域の中で信仰されていたことを物語る資料は11世紀にさかのぼります。
    トゥバ共和国で発見された仏教の修道院の遺跡によると11世紀から12世紀の初めにかけて、この地域で仏教がさかんであったことがわかっています。
    ただしトゥバ共和国の地域、つまりモンゴルとの国境に沿ったエニセイ川の上流付近は9世紀中葉までチュルク人系、ウイグル人系の可汗国に属していました。
    13世紀、トゥバのあたりはチンギスハンの勢力下におかれ、18世紀には満州の一部となりました。
    そして満州の王朝が衰退し、はじめて1914年トゥバは当時エニセイ郡ウリャンハイ地方という名称をえて、ロシア帝国の辺境の要所に組み込まれたのです。
    こうして、ロシア帝国の一部となる頃までに、この土地では22の仏教修道院が建ち、およそ4000人のラマ僧とその生徒たちが学んでいました。
    それぞれの修道院に数軒の寺院があり、工房やラマ僧と見習修道士の住む家があり、何千頭もの羊、馬、牛が飼育されていたのです。

    トゥバ人の信仰する仏教は伝統的なチベット仏教とは異なっていました。
    たとえば、トゥバのラマ僧は大半が普通の一般市民に交じって暮らし、チベットやモンゴル、ブリヤートのように礼拝堂では生活していません。
    婚姻生活が禁じられることもなく、家族をもち、それぞれの家の暮らしを送りながらホシュンといわれる地域の町村の生活に参加していました。
    仏教はトゥバ人の伝統文化に大きな影響を与え、結婚、出産、葬儀などの場面で行われる民族的な儀式に、そして祭日の暦に、民間療法にはっきりとした刻印を残しています。
    チベット医療とその教えはトゥバでは広く普及しました。
    それだけではありません。
    トゥバには地元に伝わるシャーマニズムがありますが、これとも仏教は対立することなく平和的に共存したのです。
    人々はあるときはシャーマンのもとを訪れ相談し、またある時は仏教の僧侶に教えを乞いました。
    トゥバでは仏教やシャーマニズムの他にチベットの古代の宗教であるボン教も広く信仰されていました。
    トゥバでは仏教を信仰していたのは、唯一チュルク人だけでした。

    カルムィキヤの仏教は独自の発達をへています。
    カルムィキヤの位置がどのへんにあるかおわかりでしょうか? 
    現在のカルムィキヤはボルゴグラード州とカスピ海の間に挟まれています。
    17世紀の初め、天山山脈とアルタイ山脈に囲まれる砂漠化した盆地、ジュンガリアから、ヴォルガ川の下流へめがけて、アルタイ人の先祖、騎馬民族のオイロート人たちが移住してきました。
    この人々たちがロシアではカルムィキヤ人と呼ばれるようになったのです。
    移住先で17世紀後半、カルムィキヤ人は汗国をつくり、この公式な宗教を選ぶにあたり、祖先オイロート人らの間で13世紀から信仰されてきた仏教を選びました。

    そしてこのここにはもう、初の仏教書であるチベット語からカルムィキヤ語への翻訳本も登場していたのです。
    書物を作るにあたって、いわゆるアルファベットと書き言葉用の規則はある宗教指導者が開発していました。
    この人物は翻訳活動の端緒を開いただけでなく、オイラートの独自の文学をも生み出し、カルムィキヤの人々の精神文化を広げる上で限りない貢献を行っています。

    ところが17世紀の終わり、独立したカルムィキヤ汗国は姿を消し、ロシア帝国のいち自治区としてアストラハン軍事郡に属すようになりました。
    ブリヤートやトゥバと違い、カルムィキヤではたった一人の聖職者のみが「カルムィキヤ人のラマ僧」という位を持つことができました。
    このラマになるにはアストラハン郡の知事の推薦が必要で、それを内務省へ推挙し、「最高命令」の承認をもって任命されたのです。
    ラマはロシア帝国政府から年間2500ルーブルの報償をもらい、一般の政府役人としての自分の役目を果たしていたのでした。

    17世紀の終わりから18世紀の初め、モンゴルからバイカル湖の東側、ザバイカル地方にむけて、ラマ教が浸透し始めます。
    それに伴い、この地域にモンゴルやチベットのラマ僧がたくさん移り住むようになりました。
    1727年、中国とロシアの間でモンゴル方面における国境画定を取り決めたキャフタ条約が結ばれます。
    これによってさまざまな障害が発生したのにもかかわらず、ロシア領内へと移り住むラマ僧の流入はつづきます。
    またその逆にラマ教の教えを乞い、巡礼をしようとするブリヤート人がチベットへと流れ込むようになりました。
    このような動きに対し、ロシア帝国はそれを禁じようとはしなかったのです。
    ただし当初から聖職者の影響を制限し、あくまでラマ僧らが帝国の自治制度を重んじるようにしむけました。
    ラマ僧は全員残らず、ロシア帝国への忠誠を誓わされ、税金を免除されて説教を解くための許可書を正式にもらうようになったのです。
    1741年、これをブリヤートの人々は「ロシアにおける仏教の布教された年」と定めていますが、ザバイカル地方ではこのとき11のラマ教の寺院と150人のラマ僧がいたと記録されています。

    初代、ブリヤートの仏教徒の中心に立った人物はチベット人で、アグヴァン・プンツォクという人です。
    1758年にザバイカル地方に創建された、この地域でもっとも大きな礼拝堂であったグシノオゼルスキイ堂は1809年、ブリヤートにおけるラマ教の公式的な中心施設となりました。
    その長にアグヴァン・プンツォクが就任しています。
    20世紀の初めまでには、現在のブリヤート共和国のある地帯では36の仏教修道院がありました。
    それ以外にも8つの礼拝堂があり、内部に神学校も機能していて、神学、翻訳出版作業、文学活動など、さまざまな工芸が営われていたのです。

    おもしろいのは仏教が信仰される一方で、ブリヤート人やトゥバ人と同様、カルムィキヤ人にも古い土着の宗教であるシャーマニズムもしっかりと残されてきたということです。
    たしかに公式的にはシャーマニズムは禁止されていたのですが、それは仏教の信仰と一種変わった融合をみながら現在に至るまで生き続けているのです。
    たとえば羊の肩甲骨をつかった占いはシャーマンたちが考えだしたものですが、これはシベリアの仏教徒の間で広く用いられている方法です。
    またエヴェンキ人の祭日はシャーマニズムぬきにしてはまったく立ちゆきません。
    こんにちでも毎年のようにロシアのなかのシャーマンたちは集まりをもっています。
    8月27日にバイカル湖のほとりで行われる「バイカルの日」というお祭りがあるのですが、ここではブリヤートのシャーマンたちは欠かせない存在です。

    文化の世界 2008年10月21日火曜日

    文化の世界 2008年10月21日火曜日

    A.お題

    1.作曲家アンドレイ・ペトロフ



    情報元:
    http://www2.rocketbbs.com/200/bbs.cgi?id=matsu&page=10
    No.215 - 2008/10/22(Wed) 05:55:22

    シベリア極東ジャーナル 2008年10月18日土曜日

    シベリア極東ジャーナル 2008年10月18日土曜日

    A.お題

    1.ロシヤは偉大な同国人ニコラーイ・ムラヴィヨーフ=アムールスキイを偲んでいます


    B.選曲

    1曲目
    -
    ざわめけ、アムール

    2曲目
    -
    ワルツ『アムールの波』

    3曲目
    -
    声楽舞踊作品『栄えよ、ハバーロフスク地方』

    4曲目
    -
    リームスキイ・コールサコフ - 歌劇『雪娘』より『雪娘のアリア』



    情報元:
    http://www.eonet.ne.jp/~speedbird/sibekyoku200810.html

    お答えします 2008年XX月XX日木曜日 (詩人マヤコフスキー)

    お答えします 2008年XX月XX日木曜日

    A.お題
    ロシアの詩人マヤコフスキーについて
    (関連)
    http://japanese.ruvr.ru/news/2014_04_14/271166618/

    翻訳アナウンス:真野・菅
    メロディ=1-1

    再放送日時
    2009年2月19日
    2014年7月10日21時台/22時台

    ミュージック・アントラクト 2008年10月13日月曜日

    ミュージック・アントラクト 2008年10月13日月曜日

    A.トーク



    B.選曲

    1曲目

    第一回国際ジャズ・フェスティバル「シベリア・ジャズ・イグリーシャ(大祭)から」(ノヴォシビルスク)
    「秋の歌(チャイコフスキイの『四季』から)」(S.ジーリン・トリオ)
    「それがいつだったか僕は知らない」(アンサンブル『スターロエ・ジャザヴォエ・トリオ』)
    「ゲーム・セット」(V.トルカチョフ・ジャズ・オーケストラ)



    情報元:
    http://8429.teacup.com/matsu6446/bbs/200

    MMMモスクワミュージックマガジン 2008年10月13日月曜日

    MMMモスクワミュージックマガジン 2008年10月13日月曜日

    A.トーク



    B.選曲

    1曲目

    「ペテルブルグの作曲家アンドレイ・ペトロフの作品から」「ボクはモスクワを歩く」(歌N.ミハルコフ)、
    バレエ組曲「天地創造」から「イヴの賛歌」、
    映画音楽「秋のマラソン」から序曲、
    テレビ番組「ペテルブルグの秘密」からワルツ、
    映画音楽「車に御用心」からワルツなど



    情報元:
    http://8429.teacup.com/matsu6446/bbs/200

    シベリア極東ジャーナル 2008年10月11日土曜日

    シベリア極東ジャーナル 2008年10月11日土曜日

    A.お題

    1.ハバーロフスクでの第3回極東国際経済フォーラムについての『未来を見つめて』



    情報元:
    http://www.eonet.ne.jp/~speedbird/sibekyoku200810.html

    お答えします 2008年10月9日木曜日 (ペトロパブロフスク・カムチャツキー)

    お答えします 2008年10月9日木曜日

    A.お題
    ペトロパヴロフスク・カムチャツキー
    https://soundcloud.com/sputnik-jp/kamchatka

    翻訳アナウンス:真野
    メロディ=1

    再放送日
    2009年8月20日


    C.本文

    0000
    開始

    0200






    お答えします 2008年10月9日木曜日 (ペトロパヴロフスク・カムチャツキー)

    お答えします 2008年10月9日木曜日

    A.お題
    ペトロパヴロフスク・カムチャツキー


    再放送日
    2009年4月16日

    2008年10月5日日曜日番組表

    2008年10月5日日曜日番組表


    21時台
    ニュース
    週間ラジオ展望
    再放送:お便りスパシーバ


    22時台
    ニュース
    週間ラジオ展望
    再放送:お答えします



    情報元:
    BCL 岩沙さんのお家
    http://www.geocities.jp/ka_iwasa/receivelog2008.htm

    お便りスパシーバ 2008年10月4日土曜日

    お便りスパシーバ 2008年10月4日土曜日

    担当:
    真野・いちのへ

    A.トーク
    ロシア人新人スタッフを紹介



    情報元:
    http://8429.teacup.com/matsu6446/bbs/199
    国際短波放送情報
    http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/2067961.html
    http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/1746091.html

    シベリア極東ジャーナル 2008年10月4日土曜日

    シベリア極東ジャーナル 2008年10月4日土曜日

    A.お題

    1.歌舞伎が極東っ子たちを魅了している-2



    情報元:
    http://www.eonet.ne.jp/~speedbird/sibekyoku200810.html

    2008年10月4日土曜日番組表

    2008年10月4日土曜日番組表

    21時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    シベリア極東ジャーナル
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1689.html

    22時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    お便りスパシーバ
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1956.html
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