お便りスパシーバ 2009年5月30日土曜日

    お便りスパシーバ 2009年5月30日土曜日

    担当:


    A.トーク
    いちのへアナウンサー帰国発表の反響



    情報元:
    potatoのラジオ受信記録
    http://potato1013.blog22.fc2.com/?mode=m&no=64
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    シベリア銀河ステーション 189回目 2009年5月30日土曜日

    シベリア銀河ステーション 189回目 2009年5月30日土曜日

    A.お題

    1.仙台のリスナー出演




    情報元
    http://9005.teacup.com/matsu01/bbs/5264

    2009年5月30日土曜日番組表

    2009年5月30日土曜日番組表

    21時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    シベリア銀河ステーション
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-2481.html

    22時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    お便りスパシーバ
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-2066.html

    MMMモスクワミュージックマガジン 2009年5月29日金曜日

    MMMモスクワミュージックマガジン 2009年5月29日金曜日

    A.トーク



    B.選曲





    情報元:
    https://web.archive.org/web/20090601090252/http://www.geocities.jp/pechika041029/

    お答えします 2009年5月28日木曜日 (ロシアの学生合唱団の歴史とその取り組み)

    お答えします 2009年5月28日木曜日

    A.お題
    ロシアの学生合唱団
    http://japanese.ruvr.ru/2009/06/02/420095/
    http://japanese.ruvr.ru/2009/06/02/420101/
    http://japanese.ruvr.ru/2009/06/02/420107/
    http://japanese.ruvr.ru/2009/06/02/420110/

    http://japanese.ruvr.ru/2010/09/16/20758323/
    音声ファイル欠落

    再放送日時:
    2010年9月19日21時台

    C.本文

    今回のテーマはロシアにおける学生合唱団です。
    このテーマが生まれるきっかけとなったのはあるお便りがきっかけでした。
    そのお便りには学生合唱団について具体的なご質問があったわけではないのですが、テーマがとてもおもしろいこと、そしてリスナーの皆様のなかで、ロシアの学生合唱団について詳しくご存じのかたは、きっと、いらっしゃらないだろうとの2つの理由から、日本語課の発案で、番組を組むことにしました。

    そのお便りをご紹介します。
    「私は『アムール川の波』という合唱曲が大好きです。
    古いお話で恐縮ですが、50年も前の演奏が忘れられなくて、その音源がないものかと探し回っています。
    サカロフさんの指揮でモスクワ学生合唱団が歌った演奏は手元の資料によれば1953年ブカレストでの平和友好祭で第1位を獲得したものだそうです。
    その数年後、東西冷戦下の日本でもレコードが紹介され、演奏の素晴らしさに感動したことを覚えていますが、その後どこを探しても音源が見当たりません。もし気曲にあるようでしたら、放送でかけてください」

    それではお手紙をもとに早速今日のテーマについてお話してまいりましょう。
    今回のテキスト作成はロシアの声・日本語課の、リュドミーラ・サアキャン、リューダさんです。


    人間が生み出した素晴らしいもののひとつに合唱があげられます。
    ここ数年、ロシアでは合唱がブームになりつつあり、新しい合唱団が生まれたり、合唱コンクールやフェスティバルがさかんに行われるようになりました。
    若い人の間でも一般の大人の間でも合唱熱が高まっています。
    なぜでしょうか?
    それはまず声を合わせて歌うという行為は人に幸福感を与えてくれるからです。
    よい合唱とはたくさんのいろんな声があわさって一つの調和した音声を作り出すことです。
    想像してみてください。
    2声、3声、4声、そして8つの声のあわさった澄んだ和音のすばらしさを。
    または協和音で歌う声の壮大なこと。
    この醍醐味は一度味わったら二度と忘れられません。
    どんどんとその先の喜びを追求せざるを得ないのです。
    今多くの若者たちがあることに気が付き始めています。
    夜の飲み会や仲間との駄弁りあいに幸せを探すことは意味がないということです。
    ですからアマチュアのスポーツ会やアマチュア演劇、アマチュアの合唱団。
    こういったものにより人気が集まるようになっているのです。
    しかも合唱というのは学生にとっても一般市民にとっても収入いかんによらない趣味です。
    今の時代ほとんどどんな町にも大学にも合唱団は存在します。
    会費を払う必要もない。
    高価な道具も要らない。
    だって合唱団員の大事な道具は団員が常に持ち歩いている、その声なのですから。
    また児童合唱団の場合、これは実際、肉体的、精神的に健康を鍛える場であり、自分の生活を文化的創造的につくりあげるための手段にもなります。

    そして合唱はやはり楽しいものです。
    アマチュア合唱団のレパートリーには宗教音楽からジャズ、そしてときには今時のヒットソングの編曲までさまざまなものがありえます。
    それに合唱団は歌を歌っているだけではありません。
    合唱団員はアマチュアです。
    ということはいろんな職業の人、ステイタスの人がいて、そういった雑多な人々がひとつのことに取り組んでいるわけです。
    そんな彼らにとって合唱だけを趣味にするのは足りません。
    スポーツをし、遠足をし、みんなで集まって学芸会をしたり、パーティーやコンクールをしたり、それから体を動かすツアーに参加したりとさまざまな趣味に興じています。
    合唱は大きな一つの家族にたとえることができるでしょう。
    この家族のなかではそれぞれがほかにはない声を持っていて、一つの大きなハーモニーを生み出すなかの一部となっているのです。
    合唱の指導者の多くはほとんどどんな人でも歌の訓練は可能だといいます。
    もちろん、耳が聞こえない、口がきけないという人は例外ですが。

    大事なのは歌いたいという気持ちがあるかどうかだそうです。
    今の時代、ロシアの大学の多くはその専門性が音楽芸術からとても遠いものであっても、大学独自の合唱団をもっています。
    これは誇張ではなく、実際の話でたとえば芸術大学、モスクワ技術大学、モスクワ物理工科大学、カザン国立大学、南ウラル大学、化学技術大学など、音楽とはおよそ縁のない学問の学び舎にもれっきとした合唱団があるのです。
    学生合唱団のそれぞれが、結成からの歴史や伝統、レパートリーを抱え、数々の輝かしい功績をあげてきています。
    そういったお話を一つ一つご紹介するにはとても時間がありません。

    ですから今日はこのなかから2つの大学を選んで皆様にお話いたしましょう。
    ひとつはモスクワ大学学生合唱団。
    そしてもうひとつが「青年・学生合唱団」です。
    この「青年・学生合唱団」というのがお手紙にあった「モスクワ学生合唱団」の正式名称です。
    この2つの合唱団がいかに異なっているか、みてゆきましょう。


    まずモスクワ大学学生合唱団のほうからとりあげましょう。
    というのもこの合唱団のほうが「青年・学生合唱団」よりはるかに長い歴史を有しているからです。
    結成は1757年とはるかに昔のことで、まさにこの年にモスクワ大学には芸術を教える学科がスタートしました。
    そのさい学生たちに歌唱、歌う芸術を教えるため、マドリード王立合奏団から作曲家で合唱の指導者であるアントニオ・ドゥニが招かれました。
    当時声楽の授業はコマ数はおびただしくあったのですが、参加する学生の数はたったの6人とあまりに少ないものでした。
    このころヨーロッパの他の大学に比べ、モスクワ大学は学生数では各段におとっており、1760年で30人、その約30年後の1787年でやっと82人にまで増えたという状態だったのです。
    モスクワ大学学生合唱団は結成250年以上という長い歴史をもつわけですが、その間母体のモスクワ大学とともに辛い時代も、繁栄と創造活動の躍進の時も一緒に越えてきました。
    モスクワ大学学生合唱団の輝かしい歴史のなかにはチャイコフスキイの名も登場します。
    1874年チャイコフスキイは合唱団のためにあの古い学生歌として今でも愛され歌われている『Gaudeamus Igitur(若いうちに、人生を謳歌せよ)』を書いています。

    さて1890年、モスクワ大学学生合唱団に法律学部から一人の生徒が入団してきます。
    レオニード・ソビノフ。
    ソビノフはモスクワ大学在学中の4年間合唱団で歌い続けました。
    その後プロの有名な歌手となったソビノフは自分の古巣であったモスクワ大学学生合唱団と何度も共演し、モスクワ大学で苦学して学んでいる学生らを援助するため毎年チャリティー・コンサートを開きました。
    モスクワ大学学生合唱団は長年にわたって合唱団の引率者としてロシアの有名な音楽家、音楽活動家を招いてきました。

    こんにちこの国で行われる芸術の祭典は必ずといっていいほどこの合唱団が参加しています。
    モスクワ大学学生合唱団は公式的な大学の行事にはほとんどすべて参加していますし、外国公演まで行ってはさまざまな音楽の祭典で歌っています。
    団員たちは合唱団の培ってきた伝統をしっかりと今に受け継いでいます。
    そのひとつにあげられるのがロシアの国民的詩人であるプーシキンの誕生日、6月6日にモスクワ中心部にあるプーシキン像の前で歌を歌うことです。
    モスクワ大学学生合唱団がプーシキン像の前で歌うようになってすでに30年ですが、合唱団が詩人の書いた詩に寄せた歌を歌うことはよく知られているので、この日プーシキンを愛する人々、合唱団の歌声を愛する人たちが集まってきます。

    そのモスクワ大学学生合唱団は現在団員150名。
    彼らは国内外の合唱コンクールに盛んに出場し、モスクワ音楽院のラフマニノフ・ホールから救世主キリスト大聖堂の公会ホールなどモスクワの最高の音楽ホールに常に出演する存在です。
    ここ数年モスクワ学生の創造フェスティバル「フェストス」に続けて入賞を果たしており、作曲家連盟も「現代の合唱を最も輝かしく具現化した存在」と絶賛しています。
    モスクワ大学学生合唱団は様々な言語の歌を歌い、レパートリーもロシア民謡から宗教音楽も世俗音楽もこなします。
    外国の歌、クラシック、ソ連時代の歌、今の音楽まで約200曲以上を常に更新し増やし続けています。

    それでは今度は別の合唱団のお話にうつりましょう。
    全ロシア合唱協会付属・青年・学生合唱団です。
    この合唱団の歴史はモスクワ大学の合唱団ほど長くはありませんが、それでも輝かしいものです。
    この合唱団が冠している名前、ウラジーミル・ソコロフとはモスクワ音楽院合唱指揮科で初めて主任となった人でした。
    ソコロフは合唱の歌手を育てた教育者としてだけでなく、作曲家としても非常に有名だった人で、子どもから大人までさまざまな年齢層の合唱シリーズを書き、アカペラ、民謡の編曲も手掛けました。
    何がきっかけで彼がそれだけのことを手掛けることになったのでしょうか?
    1929年、当時まだ学生だったソコロフはある日、モスクワ音楽院の小ホールに偶然立ち寄りました。
    ホールではグネーシン音楽学校の子どもたちコンサートを開いていました。
    ピアニストがでてそれからヴァイオリンが出、それから数十人の子どもたちが舞台に上がって合唱が始まりました。
    この合唱はソコロフの心をわしづかみにしたのです。
    子供のころの思い出、混じりけのない歌声のこと、それらがたった今聞いたばかりの音楽と一つに溶け合いました。
    そしてソコロフは思ったのです。
    「児童合唱団! これこそが、自分の探し求めていたものだ!」と。
    自分の指導のもとで子どもたちが純粋に澄んだ声で直接心に響く歌声を合唱曲にする。
    ソコロフの心はきまったのでした。


    グネーシン音楽学校の子どもたちの歌う声を聞いてからというものの、ソコロフの夢は現実味を帯びてきました。
    「僕は、合唱の指揮をしよう」こう誓ったソコロフは「最初は子供の合唱からはじめよう」と決めました。
    モスクワ音楽院を卒業するとソコロフは芸術教育中央会館のなかに児童合唱団を組織するという提案を受けました。
    戦後すぐの1946年ソコロフの尽力が実り、モスクワ音楽院のなかにモスクワの大学で学ぶ学生たちを集めた、音楽院付属、学生合唱団が誕生したのです。
    そしてソコロフはこの合唱団を晩年まで指導し続けました。
    恐ろしく全てを奪いつくした戦争を経験した人々は美しいもの、すばらしいものを心から求めていました。
    この合唱団では主に音楽院の生徒たちが活動していましたが、ソコロフはほかの大学の学生にも、また学生以外の人たちにも門戸を広げていました。
    そんなソリストのなかにトロリーバスを運転する若者がいたという話も有名です。
    うれしいことに昔の録音のなかにソコロフ氏にインタビューしたリールがありました。
    合唱団の指揮をするためにはどんな人間的資質が必要かということについてソコロフ氏はこんなふうに話しています。

    「合唱団の指揮者をつとめるにはよい音楽家であることがまず求められます。
    それから歌い手がちゃんと歌ってくれるようにしむけるための意志の力が必要とされます。
    でもこのことを専制君主が振りかざす絶対命令のようにではなく、歌い手たちが納得するように伝えねばならないのです。
    それから何度も行われる練習を耐え抜くため健康も大事ですね。
    もちろん、自分の仕事を愛する気持ち、これも必要ですよ」

    1947年にソコロフは合唱団指揮者として初めてプラハで行われた国際青年・学生フェスティバルに参加します。
    第2回目のブダペストでのフェスティバルにも参加したあと、第4回のブカレストでのフェスティバルにはソコロフだけでなく、彼の率いるモスクワ青年・学生合唱団も参加しここで見事優勝を果たしただけではなく、この合唱団のために特別に設けられた「表現の巧みさ」を讃える賞まで獲得しました。
    これがまさにお手紙にかかれていた「忘れられない」というあの『アムール川の波』の合唱だったわけです。

    この『アムール川の波』というワルツは、露日戦争のころ、第1次世界大戦、そして革命の動乱期、ロシア中の人々の心を激しく揺さぶり、みんなが熱烈に愛した歌だったのです。
    第2次世界大戦のあとこのワルツが初めて流れたのはハバロフスクでした。
    この町をアムール川が流れていることから、自作の歌を披露するフェスティバルに、この『アムール川の波』という名前がつけられたのです。
    ただしこれはあまり知られていなかったことなのですが、実はアムール川とこのワルツの間には、直接の関係はありません。
    この曲は1903年に当時まだ無名だった作曲家マックス・キュスによって作られましたが、歌がつけられたのは、戦争中の1944年のことでした。

    この歌がどうして生まれたのかというお話は正真正銘のラブ・ストーリーです。
    あるときサンクト・ペテルブルグを汽車でたった若かりし頃のキュスが赴任地のウラジオストックにむけて車窓の人となっていました。
    その車中である一人の女性がキュスの心を強くとらえます。
    ヴェーラ・キリレンコ。
    彼女は軍人の妻でロシア軍総司令部陸軍大佐である夫の待つウラジオストックへ向かう途中でした。
    キュスの気持ちをこの美しい見知らぬ女性も受け止めたのか、それともこれは一方的な恋心で終わったのか、それはわかりません。
    ただこの旅路のあいだキュスの頭のなかではある曲が鳴りやまず響いていました。
    捕えがたいそのメロディーは現れるかと思うと波のように引いていきます。
    やがて旅は終わりを迎えます。
    終点のウラジオストック。
    この町の将校の集会で開かれた舞踏会の席でキュスは意中の人、この女性に突然の贈り物をするのです。
    ワルツ、アムール川の波。
    これはこの女性一人のためにささげられた曲でした。
    演奏を聴いた人々は大いに感激します。
    ただしたった一人を除いて。
    彼女の夫はこの曲の裏に何が隠されているのかを見抜いたのです。
    キュスは直ちにこの町を去らざるを得なくなりました。
    この曲は作曲家キュスをあまりにも有名にしたものの、彼を幸せにすることはできませんでした。
    いえそれどころか反対にこれを書いたがためにキュスとインスピレーションを与えたミューズは二度と会うことはなかったのです。
    そして歌ですが1944年極東歌謡舞踊アンサンブルの指揮者からの頼みを引受け、セラフィーム・ポポフという作詞家が作り上げました。
    ただしこの歌には愛についての言葉はなにもなく、そのほとんどがとうとうと流れるアムール川の波についての言葉となっています。

    歌の話からモスクワ青年・学生合唱団の話にもどりましょう。
    1953年合唱団の指導はボリス・テヴリンへと引き継がれます。
    このテヴリンは1993年合唱団の解散までの40年にわたって合唱団を引率しつづけました。
    この間40年間、モスクワ青年・学生合唱団はソ連邦のどこにいっても、外国でも大きな人気を博したものです。
    合唱団のレパートリーにはボルトニャンスキイ、チェスノコフ、ラフマーニノフ、グリンカ、チャイコフスキイ、ムソルグスキイ、プロコーフィエフ、ショスタコーヴィチ、シヴィリードフといった有名な作曲家の作品や、宗教音楽が入っただけでなく、当時の作曲家の書いたもの、ロシア民謡の編曲、外国のクラシック、現代音楽なども歌われました。
    合唱団はテヴリンの指揮のもとでも、数々の国際コンクールに出演し、多くの賞を獲得しています。

    たとえば1970年、イタリアのグイード・ド・アレッツォ記念国際合唱コンクールの第18回では2つの銀メダルを。
    1972年エストニアのタリンで行われた国際コンクールでは金賞と大賞を、1975年、ブルガリアのヴァルナで開かれた第8回国際合唱コンクールでも金賞を獲得し、1981年アイルランドのコーク市で第28回国際合唱コンクールでも金賞とグランプリ、そして1989年スペインのトロスの国際合唱コンクールでも金賞2つと3つの銀を獲得しています。
    輝かしい歴史ですね。
    テヴリンは独立新聞からインタビューに、こんなエピソードを話していますのでご紹介しましょう。

    「1970年代の話ですが、モスクワ青年・学生合唱団がイタリアのフェスティバルに行ったときのことです。
    コンサート・プログラムに私はボルトニャンスキイの宗教的なテーマを選びました。
    これがとても素晴らしいできに仕上がり、銀賞をいただきました。
    帰国後1、2週間して私はモスクワ市共産党に呼び出しを受けたのです。
    そこの音楽課にはプロパガンダとアジテーションを扱っている部がありました。
    その部長は青年の育成に当たる私が『他の正しい言葉(つまり共産党の綱領)』があるのにこんな言葉を歌った合唱曲を取り上げたといってたいそうお怒りでした。
    そうはいっても最後はなんとかおさまったのですが」

    まだまだロシアにはすばらしい合唱団はたくさんあります。
    学生合唱団、児童合唱団、プロのもの、アマチュアのもの、宗教音楽、世俗音楽と、数え上げたらきりがないのですが、ぜんぶはとうていご紹介できません。
    人生に喜びを与えるものが3つある
    聖なる音楽の響き
    燃え盛る炎の愛
    至福のワイン・グラス
    これがそろえば命は満たされ
    世界もより光り輝くものとなろう!

    スポーツの時間 2009年5月27日水曜日

    スポーツの時間 2009年5月27日水曜日

    A.お題

    1.





    情報元:
    https://web.archive.org/web/20090601090252/http://www.geocities.jp/pechika041029/

    臨時企画 2009年5月27日水曜日 ロシアナの部屋 (北野氏インタビュー)

    臨時企画 2009年5月27日水曜日 ロシアナの部屋

    http://www.nicovideo.jp/watch/sm23537322

    テーマ:
    北野氏へのインタビュー

    担当:
    いちのへ特派員

    A.トーク
    北野氏へのインタビューがなされました。
    http://rpejournal.com/kitanonokoe.html
    http://ichinoheyuri.com/audio/



    2009年5月27日水曜日番組表

    2009年5月27日水曜日番組表

    21時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    臨時企画:北野氏へのインタビュー
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1649.html

    22時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    スポーツの時間
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-2933.html

    文化の世界 2009年5月26日火曜日

    文化の世界 2009年5月26日火曜日

    A.お題

    1.朗読・サモワール



    情報元:
    potatoのラジオ受信記録
    http://potato1013.blog22.fc2.com/?mode=m&no=84

    臨時企画 2009年5月25日月曜日

    臨時企画 2009年5月25日月曜日

    テーマ:
    ラジオの新しい可能性を求めてパート2




    情報元:
    potatoのラジオ受信記録
    http://potato1013.blog22.fc2.com/?mode=m&no=63

    お便りスパシーバ 2009年5月23日土曜日

    お便りスパシーバ 2009年5月23日土曜日

    担当:


    A.トーク
    ロシアの旅行事情



    情報元:
    potatoのラジオ受信記録
    http://potato1013.blog22.fc2.com/?mode=m&no=59

    シベリア極東ジャーナル 2009年5月23日土曜日

    シベリア極東ジャーナル 2009年5月23日土曜日

    A.お題

    1.ハバーロフスクでのロシヤEUサミットに関するミニ情報


    2.ヴラヂーミル・プーチン首相のコムソモーリスク・ナ・アムーレ訪問について


    3.ロシヤ極東地域のニュース


    4.「帆船『ナヂェージダ(希望)』号はアジア太平洋地域諸国国際レガッタの優勝者」





    情報元:
    http://www.eonet.ne.jp/~speedbird/sibekyoku200905.html

    2009年5月23日土曜日番組表

    2009年5月23日土曜日番組表

    21時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    シベリア極東ジャーナル
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1730.html

    22時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    お便りスパシーバ
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-2065.html

    お便りスパシーバ 2009年5月16日土曜日

    お便りスパシーバ 2009年5月16日土曜日

    担当:


    A.トーク
    ロシア(旧ソ連)の国歌の歴史




    情報元:
    potatoのラジオ受信記録
    http://potato1013.blog22.fc2.com/?mode=m&no=54

    シベリア極東ジャーナル 2009年5月16日土曜日

    シベリア極東ジャーナル 2009年5月16日土曜日

    A.お題

    1.ロシヤ極東地域のニュース


    2.「新しい極東連邦管区ロシヤ大統領全権代表が任命されました」


    3.ハバーロフスク地方知事の就任式からのルポルージュ


    4.「妙なる音の世界で」と題する音楽のルポルタージュ



    B.選曲

    1曲目
    -
    オレーグ・シャレーンダ編曲『ロシヤ幻想曲』(演奏:共和国サハ〔ヤクーチヤ〕国立交響楽団)

    2曲目
    -
    ピョートル・チャイコーフスキイ作曲・7つの歌・作品47・第6曲『昼の輝きが満ち』

    3曲目
    -
    エメリッヒ〔イムレ〕・カールマン(ハンガリー、1882-1953)作曲・オペレッタ『サーカスの王女』よりミスターXのアリア



    情報元:
    http://www.eonet.ne.jp/~speedbird/sibekyoku200905.html

    2009年5月16日土曜日番組表

    2009年5月16日土曜日番組表

    21時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    シベリア極東ジャーナル
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1731.html

    22時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    お便りスパシーバ
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-2064.html

    お答えします 2009年5月14日木曜日 (自然遺産)

    お答えします 2009年5月14日木曜日

    A.お題
    自然遺産
    https://soundcloud.com/sputnik-jp/unesco
    編集改造33分14秒

    翻訳アナウンス:菅・いちのへ
    メロディ=1




    MMMモスクワミュージックマガジン 2009年5月11日月曜日

    MMMモスクワミュージックマガジン 2009年5月11日月曜日

    A.トーク
    ユーロヴィジョン2009特集


    B.選曲

    1曲目




    情報元:
    http://www2.rocketbbs.com/200/bbs.cgi?id=matsu&page=7
    No.248 - 2009/05/11(Mon) 22:53:26

    お便りスパシーバ 2009年5月9日土曜日

    お便りスパシーバ 2009年5月9日土曜日

    担当:


    A.トーク
    3月のラジオ放送使用言語削減は財政問題のため




    情報元:
    potatoのラジオ受信記録
    http://potato1013.blog22.fc2.com/?mode=m&no=48

    シベリア極東ジャーナル 2009年5月9日土曜日

    シベリア極東ジャーナル 2009年5月9日土曜日

    A.お題

    1.「サハリーン島を一周する露日科学スポーツ探検調査隊がスタートに備えています」


    2.「ヴラヂヴォストークからポルトガルの都市ポルトをめざす二人のアメリカの青年の自転車の旅は続いています」
    ハバーロフスクからのインタヴュー・レポート


    3.「ハバーロフスク市は第8回モスクヴァ・パースハ(復活大祭)・フェスティヴァルに参加しました」




    B.選曲

    1曲目
    -
    アレクサーンドル・モーソロフ作曲・ロシヤの古い歌『夕べの鐘』の主題による幻想曲




    情報元:
    http://www.eonet.ne.jp/~speedbird/sibekyoku200905.html

    2009年5月9日土曜日番組表

    2009年5月9日土曜日番組表

    21時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    シベリア極東ジャーナル
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1732.html

    22時台
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    お便りスパシーバ
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-2063.html

    臨時企画 2009年5月6日水曜日 ユーロビジョン2009開催

    臨時企画 2009年5月6日水曜日

    テーマ:
    ユーロビジョン2009開催






    情報元:
    趣味のBCLの部屋
    http://www.sky.sannet.ne.jp/fuki1965/log200905.html

    お便りスパシーバ 2009年5月2日土曜日

    お便りスパシーバ 2009年5月2日土曜日

    担当:


    A.トーク
    宇宙開発に貢献した犬たち
    ロシアの映画館事情



    情報元:
    potatoのラジオ受信記録
    http://potato1013.blog22.fc2.com/?mode=m&no=43

    シベリア極東ジャーナル 2009年5月2日土曜日

    シベリア極東ジャーナル 2009年5月2日土曜日

    A.お題

    1.ロシヤ極東地域のニュース


    2.第10回ハバーロフスク日本語弁論大会からのルポルタージュ


    3.パースハ(復活大祭)に」




    B.選曲

    1曲目
    -
    ロシヤ民謡『おお、広き野よ』

    2曲目
    -
    ゲオールギイ・スヴィリードフ作曲・A.S.プーシキンの中編小説への音楽の挿画『吹雪』より「ロマンス」

    3曲目
    -
    『主よ、救いたまえ!』




    情報元:
    http://www.eonet.ne.jp/~speedbird/sibekyoku200905.html

    2009年5月2日土曜日番組表

    2009年5月2日土曜日番組表

    21時台
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    ラジオジャーナル今日の話題
    シベリア極東ジャーナル
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1733.html

    22時台
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    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-2062.html
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