臨時企画 2013年12月31日火曜日 ゆく年、くる年 プラシャーイ2013

    臨時企画 2013年12月31日火曜日

    テーマ:
    ゆく年、くる年 プラシャーイ2013

    担当:
    日向寺・真野・後閑

    A.トーク
    大晦日のモスクワの街の華やいだ賑わい、子供達の笑顔あふれるヨールカ祭り、今年もバレエ「くるみ割り人形」で幕となるボリショイ劇場など、2013年最後の日のモスクワの生の雰囲気をリスナーの皆さんにそのままお届けする。
    最後はロックバージョンのロシア国歌を皆さんと聞きながら2013年とプラシャーイ!



    情報元:
    http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2013_12_25/126442999/
    http://9005.teacup.com/matsu01/bbs/7589

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    臨時企画 2013年12月31日火曜日 2014ラジオ・ジャーナル「今年の話題」

    臨時企画 2013年12月31日火曜日

    テーマ:
    2014ラジオ・ジャーナル「今年の話題」



    2013年12月31日火曜日番組表

    2013年12月31日火曜日番組表


    21時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    2014ラジオ・ジャーナル「今年の話題」
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1823.html

    22時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    臨時企画:ゆく年、くる年 プラシャーイ2013
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1822.html

    露日交流番組「ドゥルージバ」1332回目 2013年12月30日月曜日

    露日交流番組「ドゥルージバ」1332回目 2013年12月30日月曜日

    A.お題

    1.




    臨時企画 2013年12月30日月曜日 2013年大ニュース

    臨時企画 2013年12月30日月曜日

    テーマ:
    2013年大ニュース





    2013年12月30日月曜日番組表

    2013年12月30日月曜日番組表


    21時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    2013年大ニュース
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1824.html

    22時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    露日交流番組ドゥルージヴァ
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1806.html

    臨時企画 2013年12月29日日曜日 2013年大ニュース

    臨時企画 2013年12月29日日曜日

    テーマ:
    2013年大ニュース





    2013年12月29日日曜日番組表

    2013年12月29日日曜日番組表


    21時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    再放送:お便りスパシーバ


    22時台
    ニュース
    ラジオジャーナル今日の話題
    2013年大ニュース
    http://pycradiomemo.blog.fc2.com/blog-entry-1825.html

    お便りスパシーバ 2013年12月28日土曜日

    お便りスパシーバ 2013年12月28日土曜日

    担当:
    真野

    A.トーク
    1年間に郵便と電子メールのお便りの数などが公表されました。




    情報元:
    国際短波放送情報
    http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/33401770.html

    お便りスパシーバ 2013年12月21日土曜日

    お便りスパシーバ 2013年12月21日土曜日

    担当:
    日向寺

    A.トーク
    12月31日で中波が中止の代わり、2014年3月29日まで短波が継続される旨の公表がなされました。


    情報元:
    国際短波放送情報
    http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/33353071.html

    ヤングウエーブ 2013年12月19日木曜日 『美しすぎる ロシア人コスプレイヤー』出版記念講演会

    ヤングウエーブ 2013年12月19日木曜日

    A.お題

    1.日本ロシア学生会議主催『美しすぎる ロシア人コスプレイヤー』出版記念講演会
    http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2013_12_25/126434505/
    http://static.ruvr.ru/download/2013/12/25/1310669085/COSPLAY.mp3

    再放送:20日金曜日21時台



    情報元:
    いちのへ友里公式フェイスブック
    https://www.facebook.com/ichinoheyuri/posts/773505385996305
    Hadzukiのピ~ひょろ幾星荘
    http://hadzuki.air-nifty.com/radio/2015/07/vor-voice-of-ru.html

    お便りスパシーバ 2013年12月14日土曜日

    お便りスパシーバ 2013年12月14日土曜日

    担当:
    日向寺

    A.トーク
    お便りの数などが公表されました。




    情報元:
    国際短波放送情報
    http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/33339431.html

    ヤングウエーブ 201x年x月x日木曜日

    ヤングウエーブ 201x年x月x日木曜日

    2013=5
    1128
    1205/1212/1219/1226

    2014=3
    0116/0123/0130

    (一部のみ把握)

    A.お題

    x.和田アナのロシアレポート(11月半ばの休暇旅行:ソチなど国内旅行)

    3回目の休暇
    ソチとピチゴルスク
    オリンピックが行われるとこ




    再放送日時
    2014年5月14日21時台
    2014年6月14日21時台
    2014年7月7日21時台

    お答えします 2013年12月5日木曜日 (作家・作曲家アレクサンドル・グリボエードフについて)

    お答えします 2013年12月5日木曜日

    A.お題
    作家・作曲家アレクサンドル・グリボエードフについて
    http://japanese.ruvr.ru/2013_12_10/125503140/
    https://soundcloud.com/sputnik-jp/kssgpmbkz1zz


    翻訳アナウンス:真野
    メロディ=3


    B.選曲

    1曲目
    Алекса́ндр Грибое́дов - Вальс №1
    アレクサンドル・グリボエードフ - ワルツ1番 ハ短調のワルツ


    再放送日時
    2014年6月4日22時台
    2014年7月18日21時台/22時台
    2014年8月7日22時台
    2014年10月30日21時台
    2014年11月2日22時台


    C.本文

    アレクサンドル・グリボエードフは、著名な作家であり外交官だった人物で、ロシアの学校に通う子で彼の名前を知らない子どもはないほど。
    グリボエードフの人生はあまりに多くの謎に満ちている。
    その生まれた年でさえ、実は未だに正確にはわかっていない。
    1790年説、1794年説、1795年説と分かれている。
    グリボエードフの名を広く知らしめたのは事実上たった1冊の著書だった。
    『知恵の悲しみ』。
    これがいかに天才的な小説であったかということは、ここに書かれた問題が未だにあまりにも身にせまる論議を呼ぶものであるというところだろう。
    今日でも多くの劇場で喜劇「知恵の悲しみ」が舞台にかけられているのもそこに理由がある。

    グリボエードフはモスクワの親衛隊の将校の家庭に生を受けた。
    彼の家は裕福な名家だった。
    親族たちの証言では幼少時代のアレクサンドルは多面的な天賦の才と音楽の並外れた才能で抜きん出ていた。
    ピアノを見事に演奏し、3ヶ国語ではつらつとしゃべることができた。
    グリボエードフは同年の子どもよりも先にモスクワ大学の言語学科に入学し、その後、法科と物理数学科も卒業した。
    1812年の冬、ナポレオン率いるフランス軍がロシアの領土に進軍してきた際にはグリボエードフは義勇兵としてモスクワ騎兵隊に入隊する。
    だがこの騎兵隊は予備隊として戦争の終わりまで残されたため、若きグリボエードフ青年には戦場で一旗上げることは叶わなかった。

    そのかわりに自分の名を文学の才能で知らしめた。
    1814年「ヨーロッパ報知」誌にグリボエードフが初めて書いた2つの通信が掲載される。
    翌年の1815年、グリボエードフの筆からは喜劇「若い夫婦」が生まれる。
    これは当時ロシアの劇場によくかけられていたフランスの喜劇をパロディー化したものだった。
    1817年、グリボエードフは外務省に入り外交リストに仲間入りするが、この年もうひとつ、喜劇「学生」を発表し、ロシア人作家サークルと親交を持ちはじめた。

    1818年初め、グリボエードフは2人の将校のいさかいに巻き込まれ、彼らの決闘で時間のカウント役をするはめになった。
    当時決闘は貴族らの間では論争やいざこざの解決手段としてはもっとも普及していた方法だった。
    このいさかいは思わぬ展開をみせ、カウントをとるだけの係だった彼もなぜか決闘をすることになってしまった。
    その結果グリボエードフは左手の甲に傷を受けた。
    まさにこの傷が、後にテヘランのロシア大使館が狂信的な集団に襲われた際、彼の死体を見分ける鍵になった。
    この不運な決闘はグリボエードフのその先に人生に大きく影響した。
    まず彼は米国におけるロシア人使節団の役人としての地位を逸し、ペルシャの外交使節団の書記官に命ぜられてしまう。
    この辞令は本質的には流刑であり、その原因になったのがあの決闘だった。
    次にか細い神経と傷つけられやすい心の持ち主であった詩人グリボエードフは、自分の罪とその報いの思いに常に苛まされた。
    良心の呵責と決闘を断りきれない状況。
    これをグリボエードフと同時代を生きた多くの人が経験している。

    テヘランに赴任する前にグリボエードフはもうひとつ文学作品を仕上げた。
    それが『幕間の稽古』だった。
    さらにテヘランまでの途上でグリボエードフは乗り継ぎの様子を詳しくつづった日記をつけた。
    1821年秋、体調が優れなかったために多少祖国に近い、グルジアの首都チフリスに移され、そこで戯曲「1812年」を仕上げている。
    これはナポレオン率いるフランス軍にロシアが勝利し10年を記念して書かれたものだった。
    グリボエードフはさらにコーカサスで書き始めた喜劇『知恵の悲しみ』の執筆を続けた。
    この時期グリボエードフはロシアの歴史、地理、の論議を呼ぶ問題について、フォークロア「デジデラータ」について覚書を付け始めている。
    またこのときグリボエードフ作曲の「ワルツ変イ長調」またの名を「ワルツ1番」が世に初めて出される。

    1826年、グリボエードフはペルシャとの間にロシアに利益をもたらすトルコマーンチャーイ条約を締結すべく、積極的な働きを行っていた。
    この後すぐ1828年にグリボエードフは駐ペルシャ・ロシア大使に任命される。
    だが赴任する前にグリボエードフは若いグルジア人のニーナ・チャヴチャヴァゼ公女と結婚する。
    ただしグリボエードフが花嫁と過ごすことが出来たのはたった数週間とわずかな時間だった。
    ペルシャに向けてたった1週間後、グリボエードフは花嫁にこんな手紙をしたためる。

    「大事な私の友よ。
    かわいそうなお前。
    お前なしで私は悲しい。
    今、心の底から愛するとはどういうことかを感じている。
    もう少し我慢しよう、私の天使よ。
    この先、決して別れることのないようふたりで神に祈ろう。」


    ロシアの使節団はペルシャに着くやいなや、ファトフ・アリ・シャーの元へ挨拶に出向く。
    そしてこの訪問の最中にグリボエードフは殉死したのだった。
    事件が起きたのは1829年1月30日。
    怒りたけったイスラム教の狂信者の群れがロシア大使館に当時いた人々全員を皆殺しにした。
    生き残ったのは書記官1人だけ。
    書記官は奇跡的に生き残り、この大虐殺のほとんど唯一の目撃者となった。
    だがその彼も他の建物にいたため、これが幸いして助かったのであり、虐殺は耳で聞いただけで見たものはすべて、それが終わったあとの残骸だった。

    血みどろの虐殺が起きた状況については様々な記述があるものの、未だになぜそれが起きたのかについては全貌は明らかにされていない。
    襲撃の理由についていくつかの説があるが、どれひとつとして確証を得られるような説明は見つけられていない。
    一つ予想できることがある。
    グリボエードフの遺体はあまりにも損傷が大きかったため、彼のものと断定する決め手となったのは、あの決闘で傷ついた左手の甲の裂傷だけだったという。
    ロシア人使節団の多くの資料は焼かれ、またどこかに紛失してしまった。
    そのなかにはグリボエードフの日記も覚書も含まれていた。

    グリボエードフの遺体を収めた棺はグルジアの首都チフリスに運ばれ、ムタツミンダ山にある聖ダヴィデ教会の洞窟の中に葬られた。
    その墓に未亡人となってしまったニーナ・チャヴチャヴァゼはグリボエードフの銅像をたてこう記した。

    「お前の知恵と仕事は永遠にロシアに記憶されるだろう。
    だがお前亡きあと、何のために私の愛は生きながらえよう。」


    大国ロシアの外交官の殺害事件は状況を深刻に複雑化させた。
    外交上のこのスキャンダルをなだめるため、ペルシャのシャーは自らの孫、ホスレフ・ミルザをペテルブルグへと送る。
    この残忍な事件を償うため、ミルザがニコライ1世に贈ったものは目を見張るほどの高価な贈り物だった。
    そのなかにあの有名なダイヤモンドの「シャー」があった。
    このダイヤモンド「シャー」は世界でも名高い7つのダイヤモンドのひとつにあたる。
    かつて「シャー」はおびただしい数のルビーやエメラルドとともにムガール帝国の王座を飾っていたものだった。
    現在この「シャー」はモスクワのクレムリン内にある武器庫博物館のダイヤモンド庫に展示されている。

    グリボエードフの運命と彼の永遠の喜劇「知恵の悲しみ」は21世紀のこんにちも人々の心を騒がせ続けている。
    モスクワから250キロほど離れたヴャージマという町にグリボエードフの所有していた館があり、現在はグリボエードフ博物館となっているが、
    そこで11月13-14日国際会議「グリボエードフ、その時代、人物像、作品、運命」が開かれた。
    この会議にはロシア人研究者のほか、米国、ドイツ、グルジアなど多くの国から歴史家、文学研究者らが参加している。
    特に注意が向けられたのは文学研究者の卵で現在ケンブリッジ大学に勤務しているフェイルザ・メルヴィルさんの報告だった。
    メルヴィルさんはグリボエードフのペルシャの文書にあたっているが、今までロシアの研究者には入館が閉ざされてきたイランの古文書を手にとって調べる権利を獲得しそうだというのだ。

    ここでなぜ19世紀のはじめに書かれ、一見古びたかのように思えるグリボエードフの喜劇「知恵の悲しみ」が今でも私たちの頭を悩ませ、心をつかんではなさないのか、そのわけを考えてみたい。
    このテーマについてたずねたVORのインタビューにヴャージマのグリボエードフ博物館、学術部のアーラ・フィリーポヴナ副部長が答えてくれた。
    フィリーポヴナ副部長は、時代は変わり、環境もかわり、政治のしくみ、社会の技術的レベルが変わっても、人間の本質には事実上、なんの変化もないままだからだろうとして、次のように語っている。

    「創作活動がたったひとつの、しかし偉大な作品に集約されてしまう天才がいます。
    それがダンテであり、セルバンテスでありグリボエードフです。
    グリボエードフの喜劇『知恵の悲しみ』が現代に十分通用しているということは、おそらく時代がかわり、環境や政治の仕組みがかわっても、人間の本質はほとんど変わらないままであり、人と人との関係もほとんど変わりなく、大多数の保守的な人々と孤高のなかで闘う現実も変わりないということに起因しているのではないでしょうか。
    私はグリボエードフは『知恵の悲しみ』のなかで彼の時代のモスクワの社会をあざ笑い、その時代の特徴を指摘しながら、どんな時代も変わることのない、どんな人間にも共通する欠点をもあざ笑うことができたからではないかと思います。
    嘘、のらくらと無為の生活を送ること、おべっか、追従、打算、無学。
    これは人間の尊厳を貶め、道徳的な理想を頭から軽蔑するものです。

    グリボエードフのこの作品は様々な人間のタイプを示す図鑑です。
    登場人物の名前は普遍名詞となり、『知恵の悲しみ』で使われるせりふの多くは今でも日常の中で引用されています。
    これらの描写がどんなにずばり、正確に、端的に言い当てていることでしょう。
    喜劇は詩の表現で書かれていますでしょう。
    その詩の見事なことといったら!」


    文学作品以外にグリボエードフは音楽にもその足跡を残した。
    グリボエードフの作曲作品は少ないが、そのハーモニーと端正さ、端的さは驚嘆を誘う。
    彼の書いたピアノの小曲のうち、最も有名なのは2つのワルツで、もうひとつはハ短調のワルツ(ワルツ第2番)だが、このほかピアノ・ソナタなども書いている。
    ところが残念なことに楽譜は散逸してしまい、私たちは耳にすることはできない。

    臨時企画 2013年12月2日月曜日 作家の古川日出男さんへのインタビュー

    臨時企画 2013年12月2日月曜日

    テーマ:
    作家の古川日出男さんへのインタビュー
    http://japanese.ruvr.ru/2013_12_05/125483110/
    (ただし音声ファイル欠落)

    聞き手:
    和田

    A.トーク
    作家の古川氏へのインタビューがなされました。


    B.選曲

    1曲目
    Сергей Никитин и Татьяна Никитина- Собака бывает кусачей
    セルゲイ・ニキーチンとタチアナ・ニキーチナ - 犬の秘密


    再放送日時
    2014年6月4日21時台


    情報元:
    古川日出男公式サイト
    http://milkyway-railway.com/furukawahideo/archives/692
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